認知症について何回か話を書いてきましたが、痴呆という言葉は一般の方にはよい印象を与えるものではないことから、認知症ということが社会では普通になりました。私たち医師は、痴呆という言葉は差別用語とは思っていないのですが、分裂病が統合失調症に変わったように、医学の中でも、認知症という用語を使うことがあたりまえになりました。。
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歩幅が小さくなり、意欲が無くなった71歳の女性 |
71歳女性の竹野さんは、抑うつと動作が遅くなったということで、娘さんと一緒に来院しました。50歳頃よりかかりつけの医院で高血圧の治療を受けていましたが、65歳頃から気力がなく意欲がないなどの抑うつ症状があり、某病院の精神科で、うつ状態という診断で治療を受けていました。
67歳の時に脳梗塞で右の手足の麻痺が起きましたが、1ヶ月ぐらいで完全に回復をしています。しかし、68歳頃から、以前と比べて動作が遅くなり、歩幅が小さくなったことが認められていました。
69歳の時に精神科のある同じ病院の内科でパーキンソン病の診断を受け、抗パーキンソン病薬を投与されました。しかし、歩行や動作の改善は見られませんでした。その後も意欲もないことが続き、家事もきちんとできなくなり、話しのつじつまが合わないことがみられるようになってきたため、娘さんと一緒に受診してきました。
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診察では |
表情に乏しく、抑うつ的で、神経学的には、四肢の筋固縮、動作緩慢 を認め、歩行は小歩でした。神経心理学的には、極軽度の失見当識(年と曜日がわからない)、軽度の記憶障害(3の言葉を記憶してもらい100から7づつ引いてもらうことをした後に、言葉が1つしか思い出せない)、計算力低下(100引く7はできるが、93引く7はできない)を認めました。
家庭での生活では、以前は献立を考えておいしい料理を作ってくれたのに、最近1年間はうまく料理を作れなくなったと夫が言っていました。例えば、夕食におでんを作ろうと決めたのに、魚やトマトを買ってきてしまい、おでんの材料がそろわなかったり(図1)、みそ汁が甘く味付けのおかしいことが時々見られたそうです
図1:実行機能障害 |
MRIとSPECT(脳血流検査)をしてみました |
MRIでは、左基底核部と視床に小さな脳梗塞があり、両側大脳深部白質と脳室周囲に高信号域(脳室の周りの白く見える部分)が認められました(図2)。
SPECTでは両側の前頭葉外側及び内側と側頭葉内側で血流が低下していました(図2)
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図2:竹野さんのMRIイメージ(MRI) MRIの赤い矢印は梗塞巣、黄色い矢印は深部白質病変を示します。
図3:竹野さんのSPECT(脳血流検査)イメージ 矢印は脳血流の低下しているところを示します。
右外側面 左外側面 上面 下面
全面 後面 右内側面 左内側面
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図4:脳血流を表すZスコアマップ 色の付いているところが脳血流低下部位です。 |
診断は |
竹野さんには高血圧があり、軽い脳梗塞の発作がありました。脳梗塞による右手足の麻痺は回復しましたが、四肢の筋固縮、動作緩慢、小歩という第11回で話したパーキンソン病の症状がでていました。この症状はパーキンソン病の治療薬では改善がなかったので、竹野さんはパーキンソン病でありません。
精神症状として、抑うつがありました。そして、失見当識、記憶障害、計算力の低下に加えて、献立にあった買い物をして正しく料理を作ることができないと言う実行機能の障害がみられています。したがって、竹野さんは認知症であると言えます。
MRIの画像では、多発性の小梗塞があって、脳室の周囲に白く見える病変が認められました。この脳室周囲の病変や大脳深部の病変は脳の血流が低下していることと関係があります。脳血流は、両側の前頭葉と側頭葉内側で低下していました。
以上のことから竹野さんのパーキンソン病の症状や抑うつと認知症の症状は、脳梗塞および脳血流低下によって生じているものと考えました。脳血管性認知症の中のビンスワンガー型認知症と診断をしました。
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ビンスワンガー型痴呆とは |
高血圧があって、認知症とパーキンソン病と似た症状があり、急性の脳梗塞発作をおこしたりしながら症状が階段状に悪くなり、CTやMRIで基底核部や白質に梗塞巣と脳室周囲や大脳深部白質に広範な病変のある例をビンスワンガー型認知症と診断します。
脳をしらべるとびまん性の白質病変(脱髄)、基底核や白質の小さな梗塞の多発、そして深部穿通動脈の動脈硬化性変化がみつかります。
竹野さんも高血圧があって、認知症とパーキンソン病と似た歩行がみられ、MRIで多発性の小梗塞とびまん性の白質病変が認められていました。
ビンスワンガー型認知症になってしまうと治療は困難なので、そうならないように高血圧を治療しておくことが大切です。
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