第30回:車の運転と認知症

 「73歳の夫は車の運転が大好きなのですが、1年前に認知症と診断されました。まだ事故は起こしたことがないのですが、かかりつけの先生から運転はやめるように言われています。しかし、夫は聞き入れてくれません。認知症と診断されたら車の運転はいけないのでしょうか?趣味がドライブなので、運転をしなくなったら、認知症が悪くなるのではと心配です。」というご家族からの質問に答えたいと思います。

 歳をとると視力や聴力が低下し、若いときと比べて行動も遅くなってくることが多いと思います。このような加齢による能力の低下は、車の運転にも影響があります。

 免許証の更新期間が満了する日における年齢が70歳以上の人は、高齢者講習の受講が義務付けられています。講義では高齢者に多い交通事故の特徴や高齢化に伴って生じる身体機能の低下についての説明や道路交通法の説明などがされます。器材を使って、反応の速度や正確性などが測定され、結果に基づいて個別に安全運転の指導がされます。そして、実際に運転をしてもらって、安全運転の指導がされます。

認知症がある人の運転免許は?

 アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、そして6ヶ月以内に回復の可能性のない認知症の場合は、運転免許は取り消しとなります。6ヶ月以内に回復の見込みがあるときは、6ヶ月以内の免許の取り消しとなります。

実際に認知症の人の運転事故はあるのでしょうか?


 新聞やテレビのニュースでも時々認知症の人の交通事故の
報道がされていると思います。
 私の外来に通院している認知症患者さんの中にも大きな事故を起こした人はいないのですが、角を曲がるときに車を以前よりもこするようになったとか、道をよく間違えるようになったなどの人がいます。


車の運転に関係することで認知症のあることがわかった人もいました。その方は,仕事で時々東京から秋田まで車で出かけていました。ある日、時々行っていた秋田の仕事場まで、車で出かけていきました。いつもなら到着するはずの時間になっても到着した連絡がないので奥さんは心配をしていました。道を間違ってしまい、普段よりも6時間ぐらい遅れて到着したという連絡があり、奥さんはひとまず安心をしたわけです。2日後に仕事を終え、夜8時頃、その方は自分で車を運転して、東京に向かいました。ところが、次の日の午前3時ごろに警察から奥さんに電話がありました。ご主人は、高速道路を逆走しているところを警察に保護されていました。この後、私の外来を受診し、軽度のアルツハイマー型認知症であることがわかりました。認知症があり、夜間であったことが、逆走したことに関係していたと考えますが、大きな事故にならなくてよかったと思いました。高速道路の逆走は時々新聞にも報道されています。認知症によるかどうかは報道されていませんが、認知症が関係している可能性があると思っています。

認知症と診断されたら車の運転はどうしたらよいのでしょうか?

 認知症と診断されたら運転免許証は返上しなくてはいけません。しかし、現状では、認知症のために自ら運転免許証を取り下げた人は少ないと聞いています。私が治療をしている患者さんには、認知症であることを本人と家族に説明し、車の運転をしている人には、車の運転をしないように伝えていますが、患者さん本人は、家の近くしか運転をしないし、今まで事故を起こしていないと言って、すぐに運転をやめてくれる人は少ないです。

 地域によっては、車がないと買い物や通院などの日常生活に支障が出る人もあると思います。認知症が極軽度の時は、運転には支障がないということも考えられます。しかし、私の患者さんのように軽度であっても状況によっては判断を誤り、高速道路を逆走してしまうことがあります。事故を起こせば他の人を巻き込むことになりますから、安全を考えれば認知症であることがわかったら免許証の取り下げをしなくてはいけないと思います。

 警察庁では、高齢者が免許証を更新するときに、認知症の有無や認知機能低下を判定する簡単な検査を導入していく方針であると、2006年の2月に新聞で報道されていました。

*2008年6月より、75歳以上の人に、運転免許証更新時に認知機能の検査が加わることになりました。

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