第4回:脳梗塞

先日の私の外来に、加藤さん(仮名)という70歳の女性が、右手に力が入らないといって受診してきました。加藤さんは、家族と一緒に果物屋さんで元気に仕事をしていましたが、3日前の朝にいつもは簡単に持てるみかんの入った箱が重く感じ、持てないことに気づきました。昼頃には、右手で字がうまく書けず、昼食の時には、箸をうまく使えないことにも気づいていました。でもそのうちよくなるだろうと思っていたそうです。しかし、翌日になっても症状は変わらず、息子からろれつが回らないねと言われたそうです。 もう一日様子を見てそれでも良くならなかったら病院に行こうと思って受診してきました。

診察をしてみると

神経系の診察をしたところ、加藤さんの右の上下肢に軽い麻痺がありました。 そして、右の顔面にも軽い麻痺があり、極軽度ですが構音障害(ろれつがまわらない)がありました。

MRIをしてみると

脳梗塞を疑ってMRI検査をしたところ左側に小さな梗塞巣を認めました。すぐに入院していただき、抗血小板凝集薬を点滴で投与しました。

脳梗塞とは

脳梗塞は、脳の血管がつまることにより脳の組織に血液が行かなくなり、その部位の神経細胞が死んでしまう病気です。この病気も年をとるほど多くなります。動脈硬化があると脳血管の壁に血液の成分である血小板が付着しやすくなり、それをきっかけしてさらに血小板がくっつく(凝集)ことになり、動脈の中に血栓が形成されてきます。これが少しずつ大きくなって動脈がつまり、脳梗塞となります。これを脳血栓症といいます(図1)。脳梗塞の原因にはもうひとつあります。心臓の中で血栓が形成され、それが動脈の中をとおって、脳の動脈をつまらせることがあります。これを脳塞栓といいます(図1)。脳塞栓は、不整脈の一つである心房細動のある人によくおきます。

図1:脳梗塞の原因となる、脳血栓と脳塞栓

加藤さんは症状に気づいて3日後に受診しました。これでよかったでしょうか。

脳梗塞の病巣の中心部では、血流がほとんどいっていないのでその部分の神経細胞は死んで回復しませんが、周辺部では血流量は減っていますが、神経細胞は生きており、早く血流が改善することで回復する可能性があります(図2)。時間が経ってしまうと周辺部の神経細胞も死んでしまいます。

図2:脳梗塞急性期の脳循環代謝イメージと病理写真

脳梗塞の治療はできるだけ早く始めなくてはいけません。血栓を溶かす薬、血液が行かなくなった脳組織の血流を改善する薬、その部分の神経細胞が死なないように保護をするような薬を投与してあげる必要があります。

加藤さんは、みかんの箱が持てなかったときにすぐ病院に行くべきでした。胸が痛くて苦しければ、心筋梗塞を疑ってすぐ病院に行くように、手足の麻痺やしゃべりにくいなどの症状に気づいたらすぐ受診することが大切です。

右下の病理写真(脳)では矢印の部分が脳梗塞の中心部。脳梗塞を発症してから12時間後の同じ断面の脳血流量、脳酸素消費量、脳糖消費量をポジトロンCTで測定して画像にした。矢印の脳梗塞の中心部ではすでに神経細胞は死んでいるので血流、酸素消費量、糖消費量は顕著に低下している。しかしその周囲では、まだ神経細胞は生きており、脳血流は低下しているが、酸素や糖の消費は保たれている。

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