第46回:左手を使わなくなり、認知症状が疑われた72歳男性

 1年前から左手を使わなくなり、人にだまされるようになったということで、72歳の宇佐見さん(仮名)が、奥さんと一緒に受診をしてきました。

症状の様子は

 本人からは、特に悪いところはないということでした。

 しかし、奥さんの話では、食事の時に左手で茶碗を持たず、右手だけで食べていたり、服を着るときにも右手だけを使うので、手伝うことが多くなったということでした。

 そして、宇佐見さんは会社を経営しているのですが、6ヶ月前にだまされてお金を取られてしまったことがありました。以前ならそんなことでだまされることはないと奥さんは思ったそうです。それ以来奥さんは宇佐見さんを注意深くみるようになったわけですが、漢字が書けなかったり、計算を間違えていることなどが頻回で、契約書を完成させることができなくなっていることに気づきました。

診察結果

 宇佐見さんは右利きで、診察中の会話では口数は少なかったですが、一般的な内容の話については支障がありませんでした。仕事の話や、難しい話になると答えが遅くなり、考えもせずにわかりませんと言うことがありました。日時の見当識は正常でしたが、軽度の記憶障害があり、計算がうまくできず、立方体の模写ができませんでした(構成障害、第6回参照)。動作は遅く、運動麻痺はありませんでしたが、両側の上下肢には筋固縮(第11回参照)があり、右上肢と比べると左上肢の運動が特に遅くぎこちない様子が見られました。会話中も右上肢はよく動かすのですが、左上肢はほとんど動かすことはなく、膝の上に置いたままでした。

症状のまとめ

 診察から宇佐見さんには、パーキンソン病と似たような症状、左上肢の失行(麻痺がないのに動作がうまくできない)、そして認知機能低下のあることがわかりました。

検査では

採血の検査では特に異常はありませんでした。MRIでは脳の萎縮はありましたが、脳梗塞、脳出血、脳腫瘍などはありませんでした(図1)。

 

図1:宇佐見さんのMRIT1強調イメージ  脳の萎縮が認められます。


 脳血流SPECT検査では、両側の基底核領域、両側の前頭葉および頭頂葉内側、そして右側の頭頂葉外側に血流低下が認められました(図2)。



  図2:宇佐見さんの脳血流イメージ(上段)と低下を示すZスコアマップ下段)
      矢印(上段)の領域で低下している。 Zスコアマップでは、両側前頭   
      葉と頭頂葉内側、そして右頭頂様外側で低下している。

診断は

 パーキンソン病の症状に認知症を伴う病気を考え、その中でも大脳皮質基底核変性症が疑われました。正確な診断は脳を病理学的に調べないとわかりませんが、パーキンソン病の症状に認知症があり、左上肢の失行が疑われ、前頭葉と頭頂葉の血流低下があり、頭頂葉外側の血流低下の左右差が目立つことからこの病気を疑いました。

パーキンソン病の症状に認知症を伴う病気

 大脳皮質基底核変性症以外に、レビー小体型認知症、パーキンソン病にアルツハイマー病を合併したとき、ビンスワンガー型認知症、進行性核上性麻痺、多系統萎縮症などがあります。

 大脳皮質基底核変性症の頻度は少ないですが、宇佐見さんのような特徴的な症状があり、頭頂葉の萎縮や脳血流に左右差が目立つときに疑われます。原因はまだわかっておらず、根本的な治療法がなく、ゆっくりと進行して行く病気です。


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