一般社団法人老人病研究会は、健やかな長寿社会を目指し、健康長寿Gold-QPD事業を実践する。


公開講座
第16回 「健康の集い」 報告

“高齢者に多い精神科の病気の話“
     ~いきいきと生きるためのメンタルケア~ 開催報告

 平成24年6月2日(土)の午後2時から、武蔵小杉駅近くのユニオンビルで本年度の始めての健康の集いが開催されました。当日はうす曇の過ごしやすい気温で、高齢者の方々にも移動しやすいお天気でした。
 健康の集いは今回で16回目ですが、今回のテーマは表題にある如く”心の病“で、講師は日本医科大学武蔵小杉病院精神科部長の岸泰宏先生がつとめられました。
 今までの15回は、認知症・高血圧症・糖尿病・大腸がん・痛風など、身体の疾患をテーマにしましたが、心の病気のテーマは初めてでした。そのため、どれだけの聴衆が集まるのか?と、主催者側として心配な面がありました。そのような中、開演の1時間前から市民の方々が三々五々集まってきて、約90名の人々で会場の70%の席が埋まりました。以下、講演の内容を紹介します。

岸先生の話:

 高齢者に多い精神・行動の障害は、認知症、うつ病、せん妄の3つである。
 認知症については、過去の講座で何回も取り上げられているので、今回はうつ病、せん妄に加え、高齢者のてんかんの話をされました。もちろん、認知症は、うつ病やせん妄とも密接に関連することもありますと言うことで、講演がスタートしました。

うつ病:

 どんな病気?よくある病気?治る病気?治療は?なりやすい人は?について解説されました。うつ病の診断は既に診断基準が確立しています。①抑うつ気分(気分が落ち込み、憂鬱で・悲しい・希望も無い気分)、②興味の喪失(関心や趣味に面白味を感じない、人と話すのを億劫になり、人と接したらなくなる)、③食欲減退・過剰、④不眠・過眠、⑤精神運動障害、⑥疲れやすい・気力の減退、⑦無価値感・罪責感、⑧集中力・決断力の低下、⑨自殺念慮(願望)の9の症状のうち、①と②が必ずあり、その他の症状が3つ以上加わり、しかもその症状が2週間以上続いていれば、うつ病と判断されます。それより軽い状態である場合は、“うつ状態”です。

 日本人の一生で、うつ病にかかる率(生涯有病率)は、6.5%であり、15人に一人はうつ病にかかる可能性があり、決して稀な病気ではありません。治療には薬物療法もあり、以前は三環系抗うつ薬が使われていましたが、最近SSRIとかNRIS系の優れた新薬が開発されています。完全に直る確率は、第一段階(1剤服用)で33%、第二段階(2剤併用)で50%、第三段階で60%、第四段階で70%と上がっていきます。ただベンゾチアゾリン系の安定剤(デパス、セルシンなど)は、すぐ効いて不安感を除く作用はありますが、うつ病の根本的治療には無効です。専門家から見ると、日本では外国に比べ安定剤を使いすぎるとの批判もあります。その他の治療として電気通電療法があり、非常に効果的な方法ですが、思わぬ副作用も出る可能性があり、麻酔科の医師と一緒に治療します。
 精神療法、認知行動療法や対人関係療法は効果がありますが、カウンセリングは無効です。気分転換と言うことで、家族が患者を温泉旅行に連れ出すことは、かえって病状を悪化させます。患者の気持ちとして「家族は自分のことをそんなに大事に思っていてくれるのか、それに対して自分は期待に応えられない、申し訳ない」と返って落ち込んでゆきます。
 アルコールを沢山飲む人は、うつ病になりやすい。アルコール依存症の患者に飲酒量を尋ねますと普段飲んでる量を答えますが、実際には申告した量の3倍は飲んでいるようです。
 身体疾患(がん、脳梗塞、心疾患など)を患っている人たちも、健常人に比べうつ病の罹患率が上がってゆきます。脳梗塞や心筋梗塞の患者の死亡率は、非うつ病の患者に比べうつ病の患者では確実に上がってゆきます。また、うつ病は認知症とも密接な関係があり、うつ病の病歴があると、アルツハイマー性認知症になりやすいことも知られています。
3回の病歴があれば、2.89倍、5回以上の病歴があれば6.16倍、認知症を発症するという報告もあります。
 最近、運動療法がうつ病の治療に非常に効果があること証明されてきました。低強度の運動では、21% の改善率ですが、中強度の運動では60%以上の改善率に上がってゆきます。自殺については、今や日本で32000人を越え、交通事故の7000人の死亡数に比べ遥かに多い。自殺の原因として健康問題が最大(65%)で、次いで経済問題の30%となる・・・複数回答。健康問題の中でうつ病と統合失調症(躁うつ病)などの精神疾患が80%近くを占めています。
 *あらかじめ配布していた「うつ病の診断チャート」に、聴衆が休憩時間に記入したものを回収しました。岸先生はその結果をみて「この会場に居られる人たちの中に、3名のうつ病患者が居られると判断されました。

 次いで「せん妄」の紹介に移りました。せん妄とは、急に起こり、意識が曇ってチンプンカンプンになり、訳のわからないことを大声で言う症状です。時には幻覚や妄想もあり、変動性があって夜間に悪化します。入院患者で、夜中に突然大騒ぎをするケースなどが、典型的なせん妄です。入院患者の10-30%で発症し、特にがんやAIRS、術後患者などで起こりやすい。治療法として、薬物療法には特に有効なものは無いが、不安を取り除く安定剤が処方される場合もある。むしろ身体症状(病気)の改善や心理・社会的ストレスを取り除くようにします。後者の介入方法として、認知維持(状況の見当識を維持・再建するための会話、最近の出来事を話す会話など)、睡眠補助(背中のマッサージ、リラクゼーションの音楽等)、運動、視力聴力補正などで対処します。また、認知症と診断したが、実はせん妄であったことは、よくあります。せん妄と認知症の比較は、次の表のようです。


 

最後に「高齢者のてんかん」についての話に及びました。認知症と診断したが、実はてんかんであったというケースもあります。高齢者のてんかんの発病率は、60歳を越えて高くなります。ただ、ヒキツケ(けいれん)などをおこす全般発作は少なく、部分発作が多い。軽微でかつ多彩な症状である。失語、意識障害、麻痺など、発作後のもうろう状態が長く続きやすいとのことでした。

 

講演後、質疑応答に移りました。お一人の方が、親戚の方でうつ病で適切でない薬物療法を行った結果、返って悪くなったことに対する岸先生のコメントを求めました。
 しかし身内の例を皆さんの中で相談することは質問しにくく、3-4人の方々が岸先生に個別に相談されていました。

閉会の挨拶に、黒川顕武蔵小杉病院 院長が立たれました。「当病院では、患者さんを各科が協力して多面的に診断し、治療からリハビリにいたるまで、医師・看護師・栄養士・薬剤師・ソーシャルワーカーなどチーム医療で対処しているので、安心して受診してください」と言うことでお開きとなりました。

<文責:湧口泰昌>

開催概要

日時  平成24年6月2日(土)  午後14:00~16:00
会場  ユニオンビル   地図はこちらをご覧下さい ◆ユニオンビルアクセス◆
参加者 90名 
 料金 無料 
 共催 社団法人老人病研究会、中原区医師会、ヤンセンファーマー(株)
 後援 日本医科大学武蔵小杉病院、川崎市医師会、小杉町一丁目町会、
中原区老人クラブ連合会


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